【小倉城内】
  小倉はかつて城下町として栄え、再建された天守閣をシンボルとして北九州市の中心として現在も栄えている。
城はガラスで覆われた近代的な市役所と同じ敷地にあるが、白い漆喰と黒い瓦、そしてモノトーンの石垣が違和感なく共存している。
 
 

【小倉城-1】
  当初は1569年に毛利元就が小倉城を造ったが、 徳川治世になると、山口の毛利と九州の諸大名に「睨み」を利かせるために豊前・豊後の2ケ国へ、細川家を配置した。
1632年に逆臣明智光秀の娘、のちのガラシャ婦人の夫として知られる細川忠興の時代に築城された。
そして第二次長州戦争で幕府軍の前線基地となった小倉城は焼失し、1953年に現在の姿に再建した
 
 

【小倉城-2】
  また晩秋という季節で、紅葉から透かしてみる天守閣も美しい。
小倉城下の武家屋敷は1260軒で、武士以外に3万軒の民家と1万2千人の住人がいた。
15万石の小倉藩の財政は、19世紀の中頃で「1石=1両=10万円くらい」だから、15万石×10万円/石=150億円。現在の予算は8500億円だから1/57の財政になる。これで3000名の家臣を養わなくてはならない
 
 

【天守閣展示室】
  天守閣内のミニ劇場では、小倉の説明がある。
とくに興味は当時の物価で、職人手間=大工〜銀2匁月に25日働いて8~10万円。1文=15円くらいでそば16文=240円、散髪26文=390円 とのこと
 
 

【月見亭】
  「つき見亭」は月見櫓を利用した、城内のレストランで同じく城内にある八坂神社の御参りの帰りに家族客が多く訪れる